天皇のベトナムへの訪問は関係良好のサイン(1)


ハノイ・ベトナム(AP)ーNguyen Thi Xuan氏は日本人の夫に1954年にさよならを告げたとき、夫が一年か二年程度の長さの任務だと思ってお送り出していました。彼女がまた夫に会うまでに50年以上の月日がたつなんて予想もしていませんでした。

Xuan氏のように日本人兵士と結婚したベトナム人の女性の家族はたくさんあり、日本とベトナムの激しい関係性の犠牲となり離れ離れになった経験を持つ方もたくさんいらっしゃいます。

今日以前は敵同士であったものの、防衛と保障を含み、他の地域同様日本とベトナムは経済的に協力関係にあり二国間とも強くつながりを持っております。

Xuan氏を含め現在も生きている日本人兵士の家族や未亡人たちは今週に、初めて昭仁天皇がベトナムに訪れた時に謁見する機会があるとのことでこの二国間の関係性がどのくらいのものになったかは、明らかになるでしょう。

日本の軍隊は1940年にベトナムに侵攻し、日本が第二次世界大戦が終わる1945年に同盟軍に降伏するまでそこにとどまりました。

しかしながらXuan氏の夫は1945年にフランスの植民地支配から革命家リーダーのホーチミンが独立を宣言したあとべトナムにとどまり続けた700人の日本人兵士の中の1人でした。

日本人兵士はフランスと戦うためにホーチミンのベトミン(ベトナム独立同盟会)を養成しました。しかしベトミンが植民地支配をするフランスを1954年に打ち負かしたあと、彼らの家族を連れてくることはできずに、北ベトナムの共産軍を出発しなければいけない日本人兵士71人の中の一人がXuan氏の夫でした。なぜならば日本は冷戦の反対国側にいたからです。彼は二人の子供と29歳の妊娠した妻をおいていかなければならなかったのです。

「私は1年や2年かそこらの任務だと思っていたの。でもそれから彼に関する情報はいっさいなかったわ。」92歳のXuan氏は語りました。

6年間夫から音沙汰がなかったあと、彼女と家族は彼が亡くなったと思っていました。彼を祈るためにも彼女は祭壇を設置したほどでした。

Xuan氏はハノイの郊外の村の田んぼで働きながら3人の子供を彼女一人で育てなければいけませんでした。村人たちは彼女のことをXuan Nhat Japanese Xuanと呼び、日本人と結婚したことをばかにすることもありました。彼女の子供たちも同じように笑われていました。

「日本人の子供だ、ファシストの子供だと人々に呼ばれていました。たくさん差別もされてきました。でも今はましになりました。」とXuan氏の一番上の息子のNguyen Xuan Phiが語りました。

しかし1980年代中頃にベトナムの共産主義が始まり、1990年代初期に世界へ国交を開いたあとに、反日感情は消え始めました。